2008年06月30日

病気と苦痛

人間一度病気に罹るとする。病気に罹ったと言う意識は苦痛である。言わば病気即苦痛である。然し苦痛にも色々の種類がある。これまでの医学は病気と苦痛を同じものにみていた。それが為苦痛を緩和すればそれだけ病気も緩和すると思っていた。此の考え方が根本的に間違っている。それを説明してみよう。茲で最も多い感冒を取上げてみるが、先ず熱が出るとする。頭が痛いから氷で冷すや幾分楽にはなるが、それは病気が軽減したのではない、苦痛が軽減したのである。これが根本的誤謬である。それは病気と苦痛とは別々のものであって、実は苦痛を緩和すればする程病気は悪化するのである。此の説を見た現代人は余りの以外に唖然とするであろう。然し、これこそ絶対動かす事の出来ない真理であって、これを基本としなければ真の医学は生れないのである。以下解くところによって何人と雖も衷心から納得して一言の否を唱うる事も不可能であろう。昔の人が、自惚れと瘡気のない人はない、と言ったが誠に面白い比喩である。実際どんな人間でも先天的毒素を保有していないものは一人もないと言っていい。而も毒素保有量は予想外に多いものである。此毒素とは薬剤の変化したもので我等は薬毒と云う。此薬毒に就ては別の項目に詳説するが、兎も角右の保有毒素は新陳代謝の活動によって、体内の各所に集溜する。そうして時日の経過に従がって漸次固まってしまう。毒素の集溜の個所としては神経を使う局所であるから、何と云っても上半身、特に首から上である。頭脳を始め、目、鼻、口、耳、咽喉部等々で、これは目の醒めている間殆ど休む事はない。特に最も神経を使う処は頭脳であろう。従而、全身の毒素は頭脳に向って不断に集溜すべく動いており、首の周囲に最も集溜するのである。それは、目、鼻、口、耳などの神経も実はその根源が頭脳にあるからである。殆どの人間が首の周りにグリグリや塊りが出来たり肩が凝ったりするのは皆その為である。処が右の如く漸次固まった毒素が頂点に達するやどうしても健康に支障を及ぼすので、これの排除作用が始まる、これを浄化作用とも言う。造物主は浄化作用に当って巧妙を極める。それは先ず最初発熱する。此熱で塊りが溶けるのである。即ち溶けて液体となった毒素は、一瞬にして肺臓内に入るや、間髪を容れず咽喉を通って外部へ排泄する。これが喀痰である。喀痰を排泄するポンプ作用が咳と思えばいい。但し後頭部から延髄部付近の毒素は鼻汁となって鼻口から出る。そのポンプ作用がくしゃみである。咳の後には痰が出、くしゃみの後には鼻汁が出るにみても明らかである。又、首から下の毒素は液体となって排泄される、それが寝汗である。又頭痛とは液体化した同素が何れかの口を求めて排泄されようとし、神経を刺激する、それが痛みである。その毒素は肺臓目がけて流入し、痰となって出るのである。何よりも吾々が頭脳を浄霊するや、瞬時に咳と痰が出、頭痛は減るのである。又節々の痛みとは、人間は常に手足を屈折するので、間接へ固まり、それの浄化が痛みである。
 右の如く、人間の病気とは、溜った汚物の掃除である事を説いたのである。従而、実は感冒程有難いものはない。という事は、病気程有難いものはない。という事は、病気程有難いとも言えよう。此理によって健康不良の原因は汚物の溜った為で、病気という清掃作用によって浄められ健康を回復するのである。従而、病気の苦痛は有難い苦痛なので、言わば清掃作用であるから、此苦痛を手をつけずにそのままにしておけば甚だしい苦痛はないのである。処が、医学は病気の苦痛を悪い意味に解釈し、止めようとする。言い換えれば、自然に出るべきものを出さないようにする為、自然と人力との衝突が起り、苦痛が増大する。此自然抑圧法を治病の方法と錯覚し、進歩し来たったのが今日の医学であるから、如何に誤っていたかが知らるるであろう。以上の如く、毒素が局所に固まるや浄化作用が起ると説明したが、これには条件を必要する。その条件とは、毒素を排泄する活動力、即ち浄化力である。此浄化力こそ或程度の健康体、即ち新陳代謝が旺盛でなくてはならない。之を逆に解した医学は浄化発生を停止させようとする。それには新陳代謝を弱らせなければならない。それは健康を弱らす事である。その方法として唯一のものは薬剤である。元来薬剤とは、実を言えば毒物である。毒だから効くのである。と云うと可笑しいが、毒を服めば身体が弱る。弱っただけは浄化も弱るから、それ丈は苦痛が減る。それを錯覚して薬で病気が治るように思ったのが既成医学であった。薬剤に限らず、凡ゆる療法も同一で、熱があれば氷で冷し、氷で冷して折角溶けかかった毒素を元通り固めようとしたり、絶対安静とは運動を止めるから弱らすには何よりである。病人でなくとも健康体でも数ヶ月も絶対安静すれば胃は弱り、食欲は減退し、手肢は使わないから痩衰え、大病人になるのは必然である。いわんや病人においてをやである。又湿布であるが、之も弱体法である。人体は口からの呼吸以外全身の皮膚面からも毛細管を通じて呼吸をしている。それを止めてしまうのである。何よりも湿布をすれば熱は減り、その部の苦痛は軽減するという事は湿布面だけは浄化が停止されるからである。
                     年代不詳
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2008年06月13日

産前産後について注意すべきこと

質  産前産後について注意すべきことをお伺い申し上げます。


答  産前はあまり注意すべこことはありませんね。ま、上に手を上げると流産する事がありますが、これは昔から言われてますね。それから転ぶと胞(えな)が首に巻くって言いますが、お腹が大きくなると重心が取れなくなって転ぶんですね。ただちょっと転ぶだけならいいけど、梯子段から落っこちたりするのはいけませんね。それから仕事はふつうにやってればいいですよ。あまり大事にし過ぎないようにして産み月まで働くことですね。お百姓の人なんか産むまで働いてますね。その方がお産が軽くてすむんですよ。
 産後は大いに注意すべきですね。産後、古血が出きらぬうちはあまり動いちゃいけません。最近は産後氷で冷やすことをしますがこんなことも間違いです。産後の出血は決して止めてはいけないんです。そして産後、殊に一週間くらいは何かするとそこへ古血が寄りますからね、歩くと足や腰へ寄るし、眼を使えば眼が悪くなるし、産後眼を悪くしたのは一生治らないってよく言いますね。それからいろいろ心配すると頭へ古血が集まるんです。産後に精神病になりやすいのはその為ですね。だから、出血しきるまでは安静にして、それ以後は出血を見ながら動いたらいいんです。まあ、一週間くらいの間は便所に行くくらいにして、三週間くらいまでは体をかばいながら動いて、だいたい三週間で出血は止まりますからね、そういうふうに出血と運動を睨み合わせてすればいいんです。出血が止んだらだいたいふつうの通りにし、75日経ったら完全に本式にしたらいいんです。ちょっと妙な話ですが、夫婦生活も35日間はいけませんよ、恢復が遅れますからね。35日過ぎたら、まあ加減しいしい(笑声)したらいいでしょう。


質  75日以後は差し支えないでしょうか。


答  ええ、75日経ったら普通でいいですね。


質  食物はいかがでしょうか。


答  食物は何でもいいですよ。


質  入浴はいかがでしょうか。


答  入浴も出血の具合で入ればいいんです。ふつうは入浴すると出血するんで怖がりますが、今言ったように出血していいんです。けれども、まあ三週間くらい経ってからボツボツ入浴したらいいでしょうね。


質  妊婦で心臓の鼓動が非常に激しい人がおりますが、これは何故でしょうか。


答  心臓と胃の間に毒結があるんですよ。そういう人は物を食べても動悸しますよ。殊に妊娠すると子宮が大きくなって胃を圧迫するので、圧された胃が胃の上の毒素を圧迫し、その毒素が心臓を圧迫する為ですね。
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痛みは浄化作用ですからね

質  26歳の男、4歳の時ひどいおできが出て医者で一応治りましたが、やがて背中に瘤のような塊りができ、身長は四尺以上には伸びず視力もしだいに衰えてまいりました。昨年10月より御浄霊をいただき本年1月に入信いたし経過は非常によろしゅうございますがときどき激痛が起ります。これは治りましょうか。


答  きっと治りますよ。痛みのあるのは必ず治ります。痛みは浄化作用ですからね。痛みを起すくらいならきっと治りますよ。これは頭の、眼の上のほうと、後の延髄とをよくやるんですよ。眼が見えなくなるのには毒血と貧血と両方ありますからね。上の方から毒が下ってきて見えなくなるのと、後から圧迫されて貧血しちゃって見えないのとね、近視なんてのはそうで延髄をやれば治りますよ。それから、この激痛もだんだん減ってきますからね。また、瘤のような塊りっていうのは毒を抑えたから固まって背中に出たんですよ。背が伸びないのもその為ですよ。背が伸びるのは脊柱の働きですからね、その脊柱が瘤の為に活動を止められてるからいけないんです。26じゃ少し遅かったですね。でも、ちょっとは伸びるでしょう。
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2008年06月11日

くる天

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2008年04月07日

歯槽膿漏及び顔面麻痺と同神経痛

歯槽膿漏及び顔面麻痺と同神経痛
 歯槽膿漏は医学上原因不明とされているが、既説の如く萎縮腎に因る余剰尿が脊部より肩部、淋巴腺に及びそれが浄化によって歯齦から滲出されるのである。其の際血液も混入するが尿毒が血液に混るからである。
 又歯がグラグラ動く事があるが、これは歯齦に毒素集溜の為である。本医術によれば簡単に全治するが、歯科医は治療の方法なく多くは抜歯するが惜しいものである。医学上歯槽膿漏は歯に原因があるように思うが、右の理を知る時その逆である事が判るのである。又歯槽膿漏を治すには、毎朝歯を磨く時歯よりも歯齦を磨くようにする。最初血膿が出るが暫らくすると血膿が出なくなり肉が締って歯は強靭になるのである。
 顔面麻痺は、口脣の左右孰れかが引吊り又眼も引吊り痙攣の伴う場合もあり、甚だしきは片方の眼球が飛び出し容貌怪奇にして正視に堪えぬものさえある。然し放任すれば大抵一、二ヶ月長きはニ、三年にして治癒するが、医療にかかる場合電気等にて固めるから慢性となり又は不治となるのである。この原因は顔面の一部又は数ヶ所に毒素溜結し筋肉の運動を妨げる為である。
 顔面神経痛は大抵左右孰れかが痛むのであるが、之は毒結が第二浄化によって溶解する痛みである。
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脳 疾 患

脳 疾 患
 脳疾患は種類が多く、脳溢血、脳充血、脳結腺閉塞、脳卒中、脳膜炎及び結核性脳膜炎、脳貧血、頭痛、眩暈、圧迫感、朦朧感、重量感、焦燥感、憂鬱、不眠症、嗜眠性脳炎、脳脊髄膜炎、脳震盪等であろう。
 脳溢血は、頚部又は延髄部に溜結せる毒素が浄化溶解して脳中に侵入、瞬時にして左右孰れか一方の腕、手指、脚に流下固結する。所謂半身不髄である。重症は旺んにヨダレを流し言語不明瞭又は頭脳に支障を来し精神上にも多少の変化を来すことがある。勿論この病気も浄化作用の為であるから放任しておけば時日を要するも大抵は治癒するものである。然るにそれを知らない世人は医療は固より種々の療法を行うが、それが反って治癒の妨害となり長引くのである。之に就て好適例がある。
 私が以前扱った五十歳位の婦人があった。その人は東北の小さな或町の資産家の婦人、偶々脳溢血に罹り東京からも専門の博士等を招き、出来るだけの療法を行ったが更に効果なく、約ニ、三年を経過した頃は幾分悪化の状態となった。然るに其の頃その町の在に小やかな農家の五十歳位で右婦人と同時頃中風に罹った男があった。それが或日其の婦人の家を何かの用で訪ねたのである。処が婦人は驚ろいて「貴方も中風で半身不随になったと聞いたが、今見れば何等の異常もなく健康時と変らないのは一体どうしたのであるか、どんな治療受けたのか」と聞いた処、その老農夫曰く「儂等は貧乏で医者へ罹る事も出来ず薬も買えないから運を天に任してただ寝ていたが、時日の経つに従って自然に治ったのである」と云うので其の婦人は不思議に堪えなかったが、私の説を聞くに及んで初めて諒解がいったと喜んだのである。之を以てみても如何に無療法が可いかが判るであろう。
 脳充血は溢血の毒血が脳中に止って中風症にはならない、ただ高熱、頻繁なる嘔吐、激痛、意識不明等で、多くは生命を落とすのである。
 脳卒中は、脳の疾患中最も恐るべきもので今迄普通状態であったものが、突如として斃れ死去するので、速きは数十秒である。この原因は首筋及び肩の極端な凝りの為である。即ち凝りが第一浄化作用によって極度に固結する場合、血管を圧迫する結果脳への送血が遮断されるからである。故に昔から卒中の場合、肩を剃刀で切り血を出すとよいと謂うのはその為である。近来医学で唱うる脳結腺閉塞とは脳卒中をいうのである。
 脳膜炎は人も知る如く小児に多い病気であるが、大人にも偶にはある。之は前頭部の浄化作用で原因は風邪等で、頭痛の場合氷冷を行う結果浄化停止され、それを繰返すに於て漸次前頭部の溜結毒素が増加する。その結果その部に大浄化が起るのである。小児はそれの遺伝である。医学に於ては脳膜炎は治癒困難となし、稀に治癒するも予後精神的不具者となるので非常に恐れられている。然し乍ら本医術に於ては一週間位にて完全に治癒なし予後も何等異常なきのみならず、寧ろ発病前よりも頭脳明晰となり学童などは脳膜炎全快後成績優良に転ずるのである。この病気の特徴としては、前頭部が火の如き高熱と、堪え難き程の激痛及び視覚眩みの為、不断に瞑目する事である。以上三つの症状によって脳膜炎と断定して差支えないのである。
 次に結核性脳膜炎とは普通脳膜炎が急性なるに反し慢性的ともいうべきもので、経過執拗なのを医診は結核性というので、実際は非結核である。
 脳貧血は、人も知る如く頭重、頭痛、憂鬱、首、肩の凝り等の症状あり、人混みや騒音等何等かの刺激によって発作する。発作するや顔面蒼白、嘔吐、痙攣、眩暈等あり、甚だしきは人事不省となる事もある。この際額に掌を触るれば氷の如く冷え、首の周囲を指査すれば必ず固結を認めるからそれを溶解すれば速やかに治癒する。又脳貧血発作は苦痛様相の甚だしき為、本人も周囲の者も驚くが、決して致命的ではなく必ず恢復するものである。
 近来最も多い文明病と謂われる脳神経衰弱は脳貧血の慢性ともいうべきもので、此の病気を治癒する方法としては、風邪に罹る事が最も良いのである。何となれば浄化熱によって原因である首の固結が溶解し、喀痰、鼻汁等によって排泄されるからである。
 頭痛は最も多い病気で、而も殆んどが慢性的である。之は既説の如く風邪等によって頭痛の起る場合、浄化停止を行う為であるから頭痛の場合放任しておけば自然治癒するのである。又眩暈、圧迫感、朦朧感、重量感、焦燥感、憂鬱、不眠症等「病気症状とその解剖」中に説明してあるから略す。
 嗜眠性脳膜炎は、夏季炎天下に頭脳を晒す場合、太陽熱直射によって、肩部及び脊部一円の毒素が小脳に向って集中するのである。故に発病の場合後頭部より延髄付近に毒素集溜し猛烈に弩張する。その際毒素溶解法を行う時、一時は柔軟になるも忽ちに弩張するという工合に頗る執拗である。然し乍ら根気よく施術するに従って漸次軽減し、一週間位にて快癒するのである。施術後両三日を経て眼球及び鼻孔より多量の膿が流出し血液をも混ずる事もある。右の如く膿の滲出が些かでも認め得れば最早回復期に入った事を知るべきで、漸次恢復に向うのである。この病気は医学上恐れられているが吾々の方では治癒し易いものとしている。医学の一部に、原因として蚊の媒介説があるが喘うべき誤説である。
 脳脊髄膜炎は嗜眠性脳炎と酷似したもので、ただ異る所は、嗜眠性は膿が小脳中に流入するに対し、之は延髄附近で停止固結し、それ以上には進行をしないのである。従而症状は延髄から脊柱へかけて硬直し、首は棒の如く前後へは曲がらない。勿論高熱、頭痛、食欲不振等によって衰弱死に到るのであるが、本医術によれば一二週間にて全治する。
 脳震盪は病気ではなく傷害である。之は勿論高所からの転落又は打撲等によって内出血を起し、脳髄機能に支障を与えるので、軽症は生命に別条はないが重症は生命にまで及ぶのは人の知る処である。この重症を知る方法として最も適確なのは嘔吐である。嘔吐ニ、三回位ならば先ず助かるとみていいが、五、六回以上頻繁に渉る場合と昏睡又は耳孔や眼球よりの出血があれば先ず生命は覚束ないとみて間違いないのである。
 脳疾患に就て知って置くべき事は、重症を知る方法として嘔吐の多少による事が最も確実である。ただ脳貧血のみはこの例外である。

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心臓及び高血圧

心臓及び高血圧
 心臓病は医学上大体夾心症、弁膜症、肥大症等に分けられている。即ち夾心症は発作的に胸部激痛圧縮感、呼吸切迫等で、苦痛は頗る激烈洵に恐るべき症状である。重症は一回の狭心症によって一命を落とすものさえあるが大抵は一旦恢復するものである。この原因は心臓の周囲に溜結せる毒素が第一浄化作用により心臓に向って求心的に圧縮する、その為である。医療注射によって一時的小康を得させるが、本医術によれば容易に根治するのである。
 弁膜症は狭心症と同一原因で、ただ全体的でなく局部的圧迫であるから、心悸亢進、脈搏不正軽度の呼吸逼迫等が重なる症状である。心臓肥大症は稀にはあるが大多数は医家の誤診である。それは心臓付近に溜結せる毒素の塊りを見誤るのである。但し大酒家、スポーツマン、登山家等々には会々あるが普通人には殆んどないといってもいい位である。次に心臓神経衰弱というのがある。之は何等か些かの動機によって、急に心悸亢進、呼吸切迫、死の直前の如き苦悩を起すが之は暫時にしてケロリと治り平常の如くなるもので、この原因は霊的で何等恐るべきものではない。
 高血圧は壮年以後に多い症状で、医家は脳溢血の前兆の如くいうが之は些か誤りである。実際は低血圧者より比較的脳溢血に罹り易い位で左程恐るるには足りないのである。この原因は左右頚部やや前方扁桃腺直下の位置に毒素溜結しそれが動脈を圧迫するのでこの動脈は腕に連結している関係上血圧計に高く表われるのである。
 右の証左として好適例がある。先年六十才位の男子、血圧三百という人が私の処へ来た。その人曰く「私の血圧は三百であるがそれ以上あるかも知れない。何となれば血圧計の最高が三百でありいつもすぐ最高に達するからである。」との事であった。そうして其の人は高血圧発見以来今日迄五、六年の間毎日会社へ出勤しているが何等異常はないというのである。因みにこの人は筆耕書きを三十年も業としており、その為前記の位置の動脈が凝り非常に太くなっていた。
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喘  息

喘  息
 喘息は医学上原因不明で治癒最も困難とされている。又医学は喘息に二種あるとしている。一は心臓性喘息、一は気管肢性喘息という。即ち前者は発作的で発作の際激しい呼吸困難を来し、重症に及べば呼吸切迫殆んど死の直前を想はしむるものがある。後者は強烈頻繁なる咳嗽に苦しみ、不眠、食欲不振、呼吸困難等の痛苦甚だしいのである。そうして多くは周期的で、冬季又は夏季に一ヶ月又は二ヶ月位に限るというのもあり、重症は二六時中不定期に苦しむのである。発作の場合、医療は多く注射によって一時的苦痛を除去するが、之は著効はあるが或時間の経過によって再発する。従而又注射をするという事を繰り返す結果、漸次悪化し、時間は短縮され、甚だしきは一日、ニ、三十本位注射を行う事になり、注射の中毒によって昏倒人事不省になる者さえある。近来医学に於てはその原因を迷走神経の異常などといい手術を行うが之は全然見当違いである。
 喘息の原因は、私の発見によれば心臓性喘息は横隔膜の下辺を主とし、肩部、腎臓部、胸部、腹部、鼠蹊部、その他の溜結毒素が浄化液体化し、それが肺臓内に浸潤する場合、肺膜の厚い人か又は喀痰濃度の場合、肺自身が吸収せんとするその運動の為の呼吸困難である。故に発作の場合吐痰すれば軽快になるにみても明かである。
 次に気管肢性喘息は、強烈なる咳嗽によって濃度の喀痰を吸引する為で、頻繁なる咳嗽は喀痰多量による為である。本医術によれば相当の時日を要するが何れも完全に治癒するのである。

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冷えと便秘

冷えと便秘
 冷えの原因は局部的発熱による悪寒、又は局部的毒結による血液不循環の為である。多くは腰、下腹部、脚部、足の甲及び指先等で、特に婦人に多いが、之等は毒結を解除すれば下熱及び血液が循環するから簡単に治癒するのである。
 便秘は非常に多い症状で、且つ長期に渉って苦しむが、この原因は腹膜部に毒結がありそれが直腸を圧迫する。その為糞便が直腸管を通過し難い為で、之等も毒結溶解によって容易に治癒するのである。
 そうして便秘症の人は常に下剤を服用して辛くも目的を達するが、この方法は非常に不可である。何となれば之が習慣となり、便秘は漸次悪化し、下剤服用によらざれば排便が困難となるからである。而もそれが長年月に渉るに従い増悪し畢には下剤の量を多くするか、又は異なる下剤によらなければならな事になる。而も下剤の薬毒が累積し種々の病原となるのである。元来人体は上から食物を入れ下から糞便が出るのは自然であって、造物主は其の様に造られたのである。故に如何なる人間と雖も食餌を入れる以上、糞便は排泄するに決まっている。ただ人により一日一回もあれば、二日に一回もあり、一週間に一回の人もある。それでいいのである。然るに医学に於ては便秘は健康に害ある如く誤認し、毎日便通がなければならぬように宣伝するので、一般人は便秘を恐れるあまり便秘すれば神経的に不快を感ずるので、下剤使用となるのである。
 然るに下剤によって排便する以上、排便機能は退化するから便秘する、便秘するから下剤を使用するという悪循環となり、畢に下剤なしでは生きてゆかれないようになるのである。よく発熱時便通を付ければ下熱するといい下剤を用いるが、之等も反って治癒妨害となり全治を鈍らす結果となる。又或種の病気は反対に下剤によって高熱に導く事さえある。
 便秘が何等懸念すべきでない事の実例を示してみよう。
 私が以前胃癌の患者を扱った際、便秘二十八日間に及んだが病気には何等影響が無かった。それは全治し数年後農業に従事し、健康である事の報告があったにみても明らかである。又私が扱った患者の中で、二ヶ月の人と六ヶ月間便秘の経験を持った人の談によれば、孰れも便秘による何等の影響もなかった事である。其後某婦人雑誌に掲載されてあった実例に、二ヵ年の便秘で之もその為の異常のない事が書かれてあった。
 又医学に於ては、便秘を放任しておくと、自家中毒なるものを発生するというが、之等も誤謬である。この説は多分便毒が血液中にでも混入するように想像したのであろうが、この様な事はあり得べからざる事で、事実は宿便は時日を経るに従い増々硬化するだけの事であるから悪影響などはないのである。
 次に乳幼児に対する浣腸で、之は恐るべきである。嬰児の中から浣腸する結果、一種の浣腸中毒となり、浣腸に依らざれば排便不能となる例がよくある。その結果として、三、四才頃になると、少し便が溜まると腹部膨満し苦るしむので止むなく浣腸して一時的緩和を計るのであるが、結局は死にまで到るのはいうまでもない。之によってみても、浣腸などの不自然極まる人為的方法は断然廃めるべきである。

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咳嗽及び逆上と耳鳴り

咳嗽及び逆上と耳鳴り
 咳嗽は曩に詳説したが、尚ニ、三補遺する事がある。咳嗽発生の原因は実に身体凡ゆる局部からであって、医家で謂うが如き咽喉とする事は問題にならない錯覚である。意外と思うのは頭脳、顔面、歯根、手足の指、特に股間陰部等にある固結毒素を溶解施術するや、間髪を容れず咳嗽し吐痰するのである。私は以前弟子である某医学博士の股間を施術した事がある。その都度咳嗽吐痰をするので、その博士曰く「仮令毒結が溶解排除されるとして、間髪を容れず喀痰が咽喉部に移動するのは如何なる脈管を通過するのであるか不可解極まる。」というのであるが、それに対し、私は斯う説明したのである。「人体内の生理作用は、不要物を排除する場合、筋肉も臓器も難なく一瞬にして透過するので、此の理は霊と物質の関係を知るに於て容易に理解し得るのである。」と。霊と物質との関係は付録中に詳説する。
 逆上は、世人の考えるような血液が上昇するのではない。顔面又は額部に溜結せる毒素の浄化作用で、紅潮を呈するのはその熱の為である。
 耳鳴は耳下腺に溜結せる毒素及び、内耳近接部及び延髄部に溜結せる毒素が浄化の為溶解する音響であるから、それらの毒結を溶解排除するに於て容易に治癒するのである。
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